オーケストラの低音を支える木管楽器「ファゴット」。
学校の音楽室にも名前が貼ってあるような、れっきとした正式楽器名のはずなのに、なぜか「英語圏では放送禁止用語に近い」と噂されることがあります。
吹奏楽部やオーケストラでファゴットを担当している人が留学先や海外の友人との会話で戸惑うケースも、SNSを見ているとしばしば見受けられます。
結論から言うと、日本に「放送禁止用語」という公式リストがあってファゴットが載っているわけではなく、イタリア語の楽器名「fagotto」と、英語圏で同性愛者への蔑称として使われる「faggot」の音が酷似しているために、多くの人が発音を避けているだけなのです。
【結論】ファゴットが「放送禁止用語」と言われる本当の理由

先にお伝えすると、NHKを含む日本の放送禁止用語は法律の明文規定ではなく各局の自主規制であり、ファゴットが公式に禁止されている事実はありません。
楽器名から蔑称へ?日本のSNSで話題になるまで

そもそも「fagotto」という楽器名がイタリアで定着したのは17世紀ごろで、分解できる管を薪の束のように束ねた見た目に由来すると言われています。
ところが18世紀の英国では、同じ語源を持つ「fagot」が「だらしない人」、特に年配女性をやや見下して呼ぶ俗語として使われ始めました。
さらに20世紀初頭の米国で、この語は同性愛者を指す差別的なスラング「faggot」として定着し、オックスフォード英語辞典には1980年代半ばの用例も記録されています。
1987年発表のザ・ポーグスとカースティ・マッコールによる名曲「Fairytale of New York」の歌詞に登場したことでも知られ、今も英国では放送のたびに議論になるほどです。
日本では近年、音楽家の五十嵐宏治さん(@igapu)のX投稿をきっかけに「ファゴットって英語圏で放送禁止用語の発音に似ている」という話がSNSで拡散しました。
実際、日本の音楽大学やオーケストラの現場でも、留学や国際コンクールを控えた奏者に対して、英会話の際は楽器名を「バスーン(bassoon)」と言い換えるよう案内するケースがあるようです。
日本語の音楽用語辞典の多くも、イタリア語表記の「ファゴット(fagotto)」と併記する形で英語表記の「バスーン(bassoon)」を紹介しており、演奏現場では自然と使い分けが根づいています。
個人的には、学生時代に吹奏楽部でファゴットを担当していた友人がいたため、この話を知ったときは他人事とは思えませんでした。
| 時代 | 出来事 |
|---|---|
| 17世紀ごろ | イタリアで楽器名「fagotto」が定着(薪の束が由来) |
| 18世紀 | 英国で「fagot」がだらしない人への蔑称として使用開始 |
| 20世紀初頭 | 米国で「faggot」が同性愛者への蔑称として定着 |
| 1987年 | 「Fairytale of New York」の歌詞使用で放送のたびに論争に |
| 2020年代 | 五十嵐宏治氏らのX投稿で日本のSNSでも話題化 |
なぜ蔑称になったのか ?fagottoとfaggotをつなぐ語源のルーツについて
実は「ファゴット」「ファシズム」「faggot」という一見無関係な三つの言葉は、ラテン語「fascis(束)」という共通の祖先を持つ言葉の親戚どうしです。
古代ローマでは、斧に木の棒を束ねた「ファスケス(fasces)」が権威の象徴として使われており、その「束ねる」というイメージが千年以上の時を経て各地の言語に枝分かれしていきました。
イタリア語の「fascio(束)」は、1919年にムッソリーニが結成した戦闘者ファッショ「fasci di combattimento」を経て「fascismo(ファシズム)」の語源となりました。
一方、同じ「fascis」に由来する古フランス語「fagot(薪の束)」は、分解した管を薪のように束ねた見た目から楽器の「fagotto」となり、もう一方では英語のfagot、そして米国俗語のfaggotへと枝分かれしていきました。
政治用語のファシズム、オーケストラの楽器名、差別語という、印象も使われる場面もまったく異なる三つの言葉が、たった一つの「束ねる」というイメージから同時に育っていったと考えると、なんとも不思議な巡り合わせだと感じます。
ファゴット奏者にとっては迷惑な偶然の一致に過ぎないのに、まるで運命のいたずらのようです。
| 語源 | 派生した言葉 | 現在の意味 |
|---|---|---|
| ラテン語 fascis(束) | イタリア語 fascio | ファシズム(fascismo)の語源 |
| ラテン語 fascis(束) | イタリア語 fagotto | 楽器名(独Fagott、仏fagot) |
| 古フランス語 fagot(薪の束) | 英語 fagot | だらしない人への蔑称(18世紀英国) |
| 英語 fagot | 米俗語 faggot | 同性愛者への蔑称(20世紀米国) |
SNSの反応から見えてきたリアルな声

実際にSNSやQ&Aサイトを見ると、反応は一枚岩ではありません。
投稿サイトposfieには、日本語で会話中に「何の楽器をしているの?」と聞かれ「ファゴットだよ」と答えただけなのに、アメリカ人の相手から強く注意されたという体験談が投稿されています。
コメント欄では「文脈や使用言語の違いを理解すべき」「自分の国の感覚を押し付けるべきではない」という擁護の声も多く、国際的な感覚のずれそのものが話題になっていました。
Yahoo!知恵袋にも「楽器のfagotと英語スラングのfagotはどう違うのか」という素朴な疑問が寄せられ、回答者が語源をたどりながら丁寧に説明しています。
五十嵐宏治氏のX投稿には「知らなかった」「ダジャレみたいで面白い」という驚きの声がある一方、「差別語なので軽々しくネタにすべきではない」という慎重な意見も見られました。
こうした温度差のある反応を眺めていると、言葉ひとつでこれほど受け取り方が変わるのかと、あらためて考えさせられます。
| 反応の傾向 | 具体例・投稿 | 声の温度感 |
|---|---|---|
| 体験談・失敗談 | posfieの投稿「アメリカ人に指摘された」 | 戸惑い・反省 |
| 知識の共有・拡散 | 五十嵐宏治氏(@igapu)のX投稿 | 驚き・興味 |
| 語源への疑問 | Yahoo!知恵袋「fagotとfagottoの関係」 | 純粋な好奇心 |
| 慎重派の意見 | 「差別語だから軽々しく扱うべきでない」 | 警鐘・配慮 |
海外の類似事例と全体の振り返り

似たような「国や言語で意味が全く変わる言葉」は他にもあります。
英国では「fag」は単なる煙草の俗称ですが、米国に渡ると差別語になりますし、英国中西部(ウェストミッドランズ地方)には「Faggots」という名前のミートボール状の郷土料理があり、Mr Brain’sというブランドの缶詰・冷凍食品として今もスーパーで販売されています。
綴りが同じでも国が変わればまったく別の意味になるため、米国人観光客がイギリスのスーパーでこの商品名を見て驚くという話も伝わっています。
こうした事例を踏まえて改めて振り返ると、結論はシンプルで、ファゴットという楽器名自体に問題があるわけではなく、faggotという米国発の差別語と発音が重なってしまったことが発端でした。
時系列としては17世紀の楽器名定着から、18世紀の英国での意味変化、20世紀の米国での差別語化、そして2020年代の日本のSNSでの話題化という流れをたどっています。
理由をたどればファシズムとも遠い親戚関係にあるという語源の面白さがあり、SNSでは驚きと配慮の声が入り混じっていました。
ファゴットという素敵な楽器の響きが、まったく別の文脈でこれほど話題になるとは、音楽好きとしては少し複雑な気持ちにもなります。
| 言葉 | 英国での意味 | 米国での意味 |
|---|---|---|
| fag | 煙草(俗語) | 同性愛者への蔑称 |
| faggot(料理名) | 郷土料理(Mr Brain’s Faggotsなど) | ほぼ使われず差別語と認識 |
| fagotto(楽器) | bassoonと呼ぶのが一般的 | bassoonと呼ぶのが一般的 |