長崎県に伝わるわらべ歌「でんでらりゅうば」ですが怖いとの噂があります。
今回はそんな噂について調査しました。
でんでらりゅうばの意味が怖いと噂される理由がやばい!

(出典:Google)
怖いと噂される理由としては次の3つが関係していそうです。
由来については諸説ありますね。
理由1:監禁・軟禁状態にあるため
「でんでらりゅうば」という歌詞には、自由を奪われた状況が繊細に描かれています。
特に、長崎の古い遊郭で生活していた遊女たちが、外に出たくても出られない悲しい現実を反映していると考えられます。
これらの女性は、しばしば外の世界に憧れを持ちながらも、厳しい規則と監視下に置かれ、実際には一歩も外に出ることが許されませんでした。
この歌は、そうした状況を「でてくるばってん、でんでられんけん」というフレーズで巧妙に表現しています。
この部分は、直訳すると「出ていくことができれば、そうするけれど、出られないから出ていかない」となります。
この反復する否定形は、彼女たちの抱える絶望感と閉塞感を強調し、聞く人に深い印象を残すのです。
いわゆるこの監禁状態は単に物理的な制約だけでなく、心理的な影響も大きいと言えるでしょう。
彼女たちの心には、外への憧れとともに、出ることのできない現実に対する無力感が刻まれていました。
この複雑な感情が、歌を通じて表現されることで、聞き手にはその悲しみや苦しみがよりリアルに感じられるのです。
理由2:遊郭の遊女の悲哀を感じさせるため
「でんでらりゅうば」という童歌は、長崎県にあった遊郭地区の一角で、遊女たちが自由を求めながらも外の世界に出ることができない悲しい生活を反映していると考えられます。
これらの遊女は、しばしば自分の意志とは無関係に閉じ込められ、外に出る機会を奪われていました。
このような状況下で、彼女たちは心の奥底に強い望みと絶望を抱えつつ、日々を過ごしていたのですね。
歌詞にある「でてくるばってん、でんでられんけん」というフレーズは、遊女たちが窓から外を見つめながらも出られない現実を嘆いている様子を浮かび上がらせます。
この反復される「でんでられんけん」という否定形は、彼女たちが直面している出口のない状況を強調し、聞き手に深い感情的共感を呼び起こします。
また、当時の遊郭では、多くの若い女性が家庭の経済的な困難から売り渡され、自らの意志とは異なる生活を余儀なくされていました。
これは、彼女たちの人生が外部の力によって大きく制限されていたことを意味します。
この歌は、そうした女性たちの声を代弁するかのように、彼女たちが抱える内面的な葛藤や苦悩を表現しているのではないでしょうか。
理由3:隠れキリシタンとの関連を暗示させるため
「でんでらりゅうば」が持つ不気味な響きには、日本の長崎地方の隠れキリシタンの歴史が深く関連しているとされます。
この歌が生まれた背景には、宗教的な弾圧下で信仰を隠して生活していたキリシタンたちの影がちらついています。
特に長崎は、キリシタン迫害が特に厳しかった地域であり、多くの信者が信仰を隠し続けるしかなかったのですね。
この歌詞が「出て行けるならば出て行くけれど、出られないので行かない」と繰り返す部分は、表面的には物理的な制約を指しているように見えますが、実はそれ以上の意味が込められていると考えられます。
隠れキリシタンたちが外部に自らの信仰を明かすことができず、内心では自由に信仰を表現したいと願いながらも、それを隠さざるを得ない状況が反映されているのではないでしょうか。
この解釈から、この歌が持つ暗い雰囲気や悲しみは、ただの遊び歌としてではなく、深い歴史的背景を持つものとして聞き手に感じさせます。
そもそも「でんでらりゅうば」とは
「でんでらりゅうば」は、特に長崎県に古くから伝わる童歌で、多くの地元住民に親しまれています。
この歌の一番の特徴は、その歌詞の不思議さと、はっきりとしない起源にあります。
歌詞「出られるならば出て行くけれど、出られないので行けない」というフレーズは、具体的な背景や場所を指していないため、さまざまな解釈が可能ですね。
この童歌が生まれたのは、具体的にいつどのような状況下であったのかは記録には残っていませんが、地元の伝承によると、この歌は長崎の特定の地域で生まれたとされています。
長崎は日本でキリスト教が初めて上陸した場所の一つであり、その複雑な歴史的背景が、歌詞に影響を与えていると考えられます。
また、「でんでらりゅうば」はそのメロディーのキャッチーさから、子どもたちの間で世代を超えて歌い継がれてきました。
しかし、歌詞の内容が直接的な物語を語っていないため、聴く人々が自身の想像力を働かせて、さまざまな物語をこの歌に託してきたのではないでしょうか。
でんでらりゅうばの歌詞
歌詞はかなりシンプルですね。こちらになります。
でんでらりゅうば
でてくるばってん
でんでられんけん
でてこんけん
こんこられんけん
こられられんけん
こんこん
でんでらりゅうばが伝えたいこと
「でんでらりゅうば」の歌詞が伝えようとしているのは、逃れられない運命に縛られた人々の内面的な葛藤と、外の世界への憧れです。
具体的には、長崎の過去に実在した遊郭で働かされていた女性たちや、隠れキリシタンとして秘密裏に信仰を守り続けた人々の心情が反映されていると考えられます。
彼らは物理的、あるいは心理的な壁に阻まれ、外の自由な世界へと一歩を踏み出すことができませんでした。
この歌は、「出られるならば出て行くけれど、出られないので行けない」という繰り返しのフレーズを通じて、彼らが感じていた無力感や絶望感を表現しています。
このような状況下での苦悩が、歌の中でどのようにして表現されているかを理解することは、歌が持つ深い感情的な重みを理解する上で重要です。
また、「でんでらりゅうば」が歌われることによって、歌い継がれること自体が、彼らの記憶を現代に伝える一つの手段となっています。
この歌を通じて、今の私たちは彼らの生きた証とその時代の文化的背景を垣間見ることができます。
これは、単なる遊びの歌ではなく、その地域の歴史や文化を伝える重要な役割を担っているのですね。
でんでらりゅうばはどんな人に向いている?
この童歌は、日本の伝統や文化、特に長崎の歴史に興味を持つ人々に適しています。
また、歌詞の背後にある深いストーリーや歴史的背景に関心がある人にとっても魅力的です。
歌の持つ不思議な魅力を解き明かすことに興味がある研究者や歴史愛好家にとっても、探求の価値があるでしょう。