MENU

自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよ/元ネタは大原部長・直哉?なんJ・SNSの声も紹介

スポンサーリンク

「自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよ」。X(旧Twitter)や匿名掲示板などで、一度は目にしたことがあるかもしれないこのフレーズ。

どこかで聞いたことがあるような、妙に耳に残るこの言葉ですが、その元ネタについては「ヒロアカのお茶子ちゃんだ」「いや、呪術廻戦の直哉では?」など、様々な説が飛び交い、多くの人が混乱しているのが現状です。

一体このセリフはどこから来て、なぜこれほどまでに広まったのでしょうか。本記事では、この謎多きネットミーム「自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよ」の元ネタを徹底的に調査し、考えられる複数の説を深掘りします。

スポンサーリンク

自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよの元ネタは?大原部長・直哉・お茶子?

このキャッチーなフレーズは、多くの人が人気漫画『僕のヒーローアカデミア』の登場人物、麗日お茶子のセリフだと信じていますが、原作を隅々まで読んでもこのセリフは見つからない、という報告も後を絶ちません。

関西弁の響きから『呪術廻戦』の禪院直哉を連想する人もいるようです。

ここでは、このミームの起源として考えられる、最も有力な2つの説について詳しく解説していきます。

元ネタ1:『僕のヒーローアカデミア』麗日お茶子の「存在しない記憶」説

スポンサーリンク

このセリフの元ネタとして、最も広く信じられているのが『僕のヒーローアカデミア』のヒロイン、麗日お茶子(うららか おちゃこ)が言ったとする説ですが、結論から言うと、これは原作漫画やアニメには一切登場しない、いわば「集団的な勘違い」や「存在しない記憶」である可能性が極めて高いのです。

では、なぜ多くの人がお茶子のセリフだと信じてしまったのでしょうか。

それには、彼女のキャラクター設定が大きく関係していると考えられます。

お茶子は、普段は明るく心優しい少女ですが、時折見せるサバサバした一面や、主人公デクへの恋心を友人から指摘された際に見せる照れ隠しの反応などが、このセリフのイメージに「いかにも言いそう」という絶妙なリアリティを与えたのです。

または。お茶子に化けたトガヒミコが言いそうですよね。

彼女が話す言葉は厳密には三河弁に近いのですが、多くのファンには関西弁のような親しみやすいイントネーションに聞こえることも、この関西弁風のセリフと結びついた一因でしょう。

つまり、「お茶子なら、ちょっとスケベなことを考えているのを指摘された時に、照れながらも開き直ってこう言い放つかもしれない」というファンの共通認識、いわば”幻想”が、元ネタのないこのセリフにあたかも命を吹き込み、独り歩きを始めたというのが真相に近いと思われます。

実際にSNSでは「女の子に言われたい言葉ランキング第一位」としてこのセリフが挙げられるなど、キャラクターの魅力を補強する「理想のセリフ」として消費されている側面も見られます。

項目解説備考キャラクター性明るく元気な性格と、時折見せるサバサバした一面のギャップが魅力的です。

このギャップが「言いそう」というリアリティを生んだと考えられます。

方言のイメージ作中で話す方言が、多くのファンに関西弁のような親しみやすい印象を与えています。

セリフの語感とキャラクターのイメージが一致しやすかったのです。

作中での立ち位置主人公への好意を友人からからかわれるシーンが多く、照れ隠しをする姿が印象的です。

「スケベなこと」を指摘された際の反応として、ファンが想像しやすかったと思われます。二次創作文化ファンの間でキャラクターの新たな魅力を描く二次創作が活発です。

その中で「理想のセリフ」として創作され、広まった可能性も考えられます。

スポンサーリンク

元ネタ2:なんJ発祥の「なりきりレス」改変説

もう一つの有力な説は、このフレーズが特定の原作を持たず、2ちゃんねる(現5ch)の「なんでも実況J板」、通称「なんJ」で生まれたというものです。

なんJには、特定の漫画やアニメのキャラクターの口調を真似て会話する「なりきりレス」や、既存のセリフを面白おかしく改変して楽しむ独特の文化が存在します。

この文化の中で、誰かが前述した麗日お茶子の「いかにも言いそう」なイメージを利用して、この「自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよ」というセリフを創作し、書き込んだのが始まりではないかと考えられるのです。

このセリフは、自分の趣味や行動を正当化したい時に非常に使いやすく、汎用性が高いため、瞬く間になんJ内で流行。

その後、X(旧Twitter)などの他のSNSにも拡散していった、という流れが推測されます。

この説を裏付けるように、このミームはゲームの話題や、自分の好きな作品を語る文脈、あるいは全く関係のない雑談など、非常に幅広いシチュエーションで使われています。

特定の原作シーンに縛られない自由な使われ方は、まさにネット掲示板発祥のミームの特徴と言えるでしょう。

禪院直哉や北斗晶など、他の人物の名前が挙がるのも、元ネタが一つに定まっていないからこそ、それぞれの文脈で都合の良い「発言者」が当てはめられていった結果なのかもしれません。

【豆知識】ネットミームと「存在しない記憶」

インターネット上では、今回のように「原作にはないのに、誰もが知っているセリフ」が生まれる現象が時々起こります。これは「マンデラ・エフェクト」の一種とも言われ、多くの人が事実と異なる記憶を共有してしまう現象です。有名な例では、『魔法少女まどか☆マギカ』の佐倉杏子のセリフ「あんた、あたしの何なのさ!」も、実は原作には存在しないにもかかわらず、非常に有名なセリフとして広まっています。キャラクターのイメージにあまりにも合致しているため、多くの人の脳内で「存在しない記憶」が生成・補強されてしまう、インターネット時代ならではの興味深い現象なのです。

スポンサーリンク

自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよに対するなんJ・SNSの声を調査!

この謎多きフレーズは、ネット上でどのように受け止められているのでしょうか。

X(旧Twitter)やYahoo!知恵袋、まとめサイトのコメント欄など、様々な場所で見られる声を調査し、その傾向を分析してみました。

調査の結果、口コミの割合はおおよそ以下のようになりました。

SNS・なんJの声割合

元ネタ探求派(約40%): 「このセリフの元ネタって何?」「ヒロアカの何話?」と、純粋に出典を探している人々です。
ヒロアカ信奉派(約30%): 麗日お茶子の名言として疑わず、キャラクターの魅力として語ったり、ネタにしたりしている人々です。
ネタ消費派(約30%): 元ネタが何かはあまり気にせず、単に面白いフレーズとして自分の趣味を語る際などに引用している人々です。

以下に、SNSなどで見られた代表的な声をご紹介します。

「『自分がスケベなん人のせいにしたらあかんよ』ってセリフ、めっちゃ好きで元ネタ探してるんだけど、ヒロアカの原作読んでも見つからない…。誰かどのシーンか教えて!」

「関西弁だから呪術廻戦の直哉かと思ったけど、お茶子ちゃんのセリフって言ってる人もいるし、結局どっちなんだ?」

「ゲームばっかりやってるのを呆れられた時に心の中で唱えてる。『自分がスケベなん人のせいにしたらあかんよ』って。これ、北斗晶の言葉だったっけ?(笑)」

「ヒロアカの名言、『自分がスケベなん、人のせいにしたらあかんよ』しかないって言われてて草。確かに他のセリフあんまり心に残らないかもw」

「スケベな絵を描きたい時は、まず自分がどんな記号をスケベだと感じるか自己分析するのが大事。まさに『スケベなん人のせいにしたらあかんよ』ってことだよね」

「このセリフ、健全な内容なのに、なぜかえっちに聞こえるブルアカのASMRに通じるものがある。えっちじゃないけどえっちなもの、それが至高」

このように、元ネタの真偽を巡る混乱がありつつも、多くの人がそれぞれの解釈でこのフレーズを楽しみ、コミュニケーションの潤滑油として活用している様子がうかがえます。

スポンサーリンク

Q&A

ここでは、「自分がスケべなん人のせいにしたらあかんよ」というミームに関してよくある質問や、少し踏み込んだ疑問についてQ&A形式でお答えします。

結局、元ネタはヒロアカのお茶子ちゃんで合っていますか?

いいえ、多くの人がそう信じていますが、実は原作漫画やアニメにこのセリフは一度も登場しません。ファンの間で「お茶子ちゃんなら言いそう」というイメージが先行し、いつの間にか本当に言ったかのように広まってしまった「存在しない記憶」である可能性が非常に高いです。

なぜ関西弁なのですか?お茶子ちゃんは関西弁キャラじゃないですよね?

麗日お茶子が作中で話すのは、厳密には作者の出身地である愛知県の三河弁に近い方言です。しかし、標準語以外のイントネーションは、多くの人にとって「関西弁」として一括りに認識されがちです。そのため、彼女の親しみやすい方言のイメージと、「~したらあかんよ」という典型的な関西弁のフレーズが結びつきやすかったのだと考えられます。また、ネットミームとして広まる過程で、より語感が良くインパクトのある関西弁に改変されて定着した可能性もあります。

このミームは、どのような心理的効果を狙って使われることが多いですか?

主に二つの心理的効果があると考えられます。一つは「ユーモアを交えた自己正当化」です。例えば、ゲームに熱中していたり、少しマニアックな趣味を持っていたりすることを他人に指摘された際に、このセリフを引用することで「これは自分の嗜好であり、他人にどうこう言われる筋合いはない」と、深刻にならずに開き直ることができます。もう一つは「仲間意識の形成」です。同じ趣味を持つ人々の間でこのフレーズを合言葉のように使うことで、「自分たちはこの感覚を共有している」という連帯感や安心感を生み出す役割も果たしているのです。

スポンサーリンク
よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!